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山口地方裁判所 昭和49年(ワ)129号 判決

原告

山村セツ子・張セツ子こと

蒋節子

原告

山村こと

李勝則

原告

山村こと

李憲義

原告

山村こと

李知恵子

右勝則・憲義・知恵子

法定代理人親権者母

蒋節子

右原告ら全員訴訟代理人

於保睦

被告

山口県

右代表者知事

平井龍

右指定代理人

中路義彦

外八名

被告

前田建設工業株式会社

右代表者

前田又兵衛

右訴訟代理人

早川義彦

山本敬是

主文

一、被告らは連帯して、原告蒋節子に対し金一〇〇万円、同李勝則に対し金七四二万九〇〇円、同李憲義に対し金五一一万三九〇〇円、同李知恵子に対し金二八〇万六九〇〇円、及び、これらに対する各昭和四八年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告らの身分関係について。

(1)  まず、原告らが東昌の妻又は嫡出子であつたかどうかについて検討する。

原告らがいずれも大韓民国の国籍を有する韓国人であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば東昌も同じ韓国人であつたことが認められる。

法例一三条一項によれば婚姻の成立要件は各当事者の本国法によるが、その方式は挙行地法によるべきものとされているから、日本国内において挙行される婚姻については、わが民法(七三九条、七四一条等)及びその附属法たる戸籍法(二五条、七四条等)の定めるところによつてその方式をふまない限りその婚姻は効力を有しない。

〈証拠〉によれば、原告節子は昭和一五年(西歴一九四〇年)一〇月一六日山口県厚狭郡厚狭町(旧山陽町)において出生し、地元の小・中学校を卒業後、昭和三四年頃同じ韓国人である東昌と事実上結婚し同郡楠町に同居して夫婦生活を送つてその余の原告ら三名を出産したこと、昭和四八年三月五日日本件事故で東昌は死亡したが、昭和三五年一月二三日から昭和四八年五月二八日まで楠町役場に妻として外国人登録を受けていたが、東昌の生前には楠町長宛正式の婚姻届出をなさずまた韓国戸籍上も婚姻の手続はしなかつたことが認められる。

〈証拠〉によれば、原告節子は昭和五一年八月三日亡東昌との婚姻届を下関大韓民国領事宛提出し、右届出は韓国戸籍に登載されたことは認められるが、前記認定の事実と対比するとき、右事実によつて原告節子が東昌の生前に同人との間で有効な婚姻が成立していたと認めることはむつかしく、他に有効に婚姻の方式をふんだと認めうる証拠はない。

そうすると、原告節子は法律上東昌の妻たる身分を有せず、その余の原告らも東昌の嫡出子たる身分を取得しないといわなければならない。

(2)  原告節子と東昌が内縁関係にあつたこと、その余の原告らが右両名間に出生した子であることは当事者間に争いがない。

そこで東昌と右子らとの間に法律上の父子関係が認められるかどうかについて検討する。

〈証拠〉によれば、東昌は原告勝則ら出生後それぞれ二週間以内に父として楠町長宛嫡出子出生届をなしたことが認められる。

原告らは右出生届に認知の効力があると主張するが、通常認知の実質的要件については法例一八条一項、形式的要件については八条をそれぞれ適用すべきものと解するので、まず八条一項により認知届はその認知の効力を定める父東昌の本国法たる韓国法によるべきも、補則として同条二項により行為地法たる日本法による届出も有効と解される。

そこで、日本法の解釈上父の嫡出子出生届に認知の効力があるかどうかが問題となるが、「嫡出子でない子につき父からこれを嫡出子とする出生届がなされた場合において右出生届が戸籍事務管掌者によつて受理されたときは、その出生届には父が戸籍事務管掌者に対し子の出生を申告することの外に、出生した子が自己の子であることを父として承認しその旨申告する意思の表示が含まれておるので、その届は認知届としての効力を有するものと解するのが相当である(最高裁昭和五三年二月二四日判決判例時報八八三号二五頁。)

そうすると、原告節子は東昌の内緑の妻であり、その余の原告らは東昌によつて認知された子たる身分を有する。

二本件事故の発生とその経緯

請求原因(二)の事実は当事者間に争いがない。

〈証拠〉に弁論の全趣旨を綜合すれば、以下の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(1)  被告山口県は阿武川を利用して山口県阿武郡川上村に発電(新阿武川発電所、最大出力一万九五〇〇KW)の外、洪水調節の目的も果す多目的アーチ型の阿武川ダム(総貯水量一億五三五〇立方米、えん堤の高さ九五米)建設の計画を立て昭和四六年着工した。右ダムの建設に伴ない阿武川に沿う既設の県道萩・長門峡線(起点は萩市大字御許町、終点は山口県阿武郡阿東町大字生雲東分)の一部が水面下に沈むので右県道から約五〇米上方の地山を掘削して別紙図面(一)阿武川ダム工事計画概要図(乙第一号証)記載のとおり山口県阿武川上村字森松ケ丘から同村字雁ノ瀬までの全長約7.5キロメートルの付替道路を新設することになつた。

(2)  被告山口県は右付替道路につき、工事区間を八工区に分割し競争入札によりそれぞれ施行業者に請負わせたが、本件事故現場の第五工区の5は昭和四七年一二月一九日被告会社が落札し被告山口県との間に工事請負契約を締結し同年二月七日から発破とブルトーザーを使つて地山の切取にかかつた。当時第五工区の4はすでに奥村組によつて工事は終了し付替道路(幅員七米、標高一〇〇米)は完成し、第五工区の5は別紙図面(二)平面図記載のとおり更に東へ一四八米(測点3から測点10プラス八米。二測点間の距離二〇米)延長する道路新設工事であつた。

(3)  道路掘削に当つては起点(測点3)より四〇米(測点5)までの区間は切取法面の高さも一〇米以下で比較的低かつたので全断面を掘削したが、それより終点に向けては傾斜が急で切取法面の高さも高くなるのでパイロツト道路先進工法とし本件事故前には幅員四米ないし七米高さ(法長)約一〇米前後、延長約八八米のパイロツト道路(パイロツト道路とは勾配の急な山の斜面などに道路を開設する場合崩壊の危険を防ぐため設計書に示された計画道路を直接掘削しないでこれよりも高い所にまず掘削する先進道(仮設道)のことをいい、その後パイロツト道路の盤下げ又は拡幅によつて計画道路面まで及び道路を完成させる工法をパイロツト道路先進工法と業界で呼ばれた)を掘削していた。

(4)  本件事故当日は午前八時頃から被告会社とその下請大川組の作業員ら一〇名が現場で作業に従事したが、東昌及び三家本滝男は測点6附近のパイロツト道路の切取法面(高さ約一〇米)に命綱をつけて登り法面の浮石を取り除き整形するこそく作業に従事中、突然法面とその上方の地山が平均幅二八米(測点6を中心に)高さ四〇米、厚さ平均約2.8米にわたつて崩壊し約三、二〇〇立方米の土石流となつて東昌らはこれに巻込まれ、死亡するに至つた。

三被告らの責任

工作物責任の民法七一七条と営造物責任の国家賠償法二条とは、一般法と特別法との関係にあるから、まず前者に問われている被告会社の責任から判断する。

(一)  被告会社の責任

(1)  「土地工作物」について。

原告らは付替道路工事施行に伴う付替道路(パイロツト道路を含む)が土地工作物にあたると主張する。

そこで考えるに、本件事故は既に認定したように被告会社の付替道路の工事現場(第五工区の5)で建造中の道路の切取法面が崩壊して発生した事故であるから、瑕疵の対象は右「建造中の道路」であつて、これが「土地の工作物」にあたるかどうかが問題とされなければならない。

民法七一七条一項の「土地の工作物」とは、土地に接着し、かつ、人工的作業を加えることによつて成立した物をいう(大審院昭和三年六月七日判決、民集七巻四四三頁)と解すべきところ、これを本件についてみると、右道路は土地に接着する物であつて前段の要件を充し土地工作物性を有することは明らかであるが、建造中という未完成の道路が後段の要件を充すかどうかが疑問となる。

しかしながら、さきに認定したように、本件道路はすでに完成している第五工区の4の付替道路(幅員七米)の延長の工事であり、幅員四米ないし七米、切取法面の高さ(法長)10.5米(測点6の附近)、延長約八八米(うち約四〇米が未舗装の付替道路、約四八米がパイロツト道路)のすでに道路としての形状を備えており、また、常時一〇人程度の作業員が工事現場兼作業用道路として使用しており、さらに、道路の一部とみられる切取法面の崩落という事故の態様などの諸点を併せ考えれば、後段の要件も充し、第五工区の5の切取法面を含む建造中の道路(以下本件工作物ともいう)は未完成でも「土地の工作物」にあたると解すべきである。

原告のいう「付替道路」が第五工区の4の完成した付替道路を含むと解しているならば不当であるが、第五工区の5の建造中の道路を指すのであればそれは正しいといわなければならない。

(2)  「瑕疵」について。

そこで、本件工作物の設置・保存に瑕疵があつたかどうかについて検討する。

〈証拠〉によれば次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(イ) パイロツト道路の切取法面一帯は比較的風化している軟岩であつたが、割れ目の状態は比較的しまつており特に目立つような砂れきもかんでなかつたが、その上部の崩落箇所一帯の岩質は流紋岩質溶結凝灰岩で岩質が比較的弱く崩壊し易い状況にあつた。

(ロ) 測点6におけるパイロツト道路の縦断面は、別紙図面(三)縦断図記載のとおりであるが、すでに認定した高さ(法長)約10.5米の切取法面の計画勾配、実勾配共に約六八度であつた。

(ハ) 崩落した大部分は切取法面の上方の雑木の生えている地山であるが、崩落した切取法面の部分(ほぼ測点5から測点7の間)の工事は別表(一)「工事進行状況表」記載のとおり二月二〇日より二月二八日までの間に重機による切取作業を主体とし、部分的に発破をかけて切取が行われた。とくに二月二七日は午前八時から大川組運転工中山辰男がブルトーザー(小松D六〇Sドーサシヨベル一八トン)を運転し、土質が軟らかなため午後五時半までかかつて測点7附近まで掘削が進み、三日分の仕事ができたので他の従業員から「中山の一人舞台」といわれる程であつた。

(ニ) 崩落した切取法面周辺の発破作業の状況は、前記別表(一)記載のとおり二月二〇日より二月二八日までの間休日を除き毎日発破がかけられており、また、事故の前日には崩落区域の東端より約一三米離れた法面で発破がかけられその火薬使用量は合計2.5キログラム、時刻は一二時と一七時一五分の二回発破作業が行われた。

右認定の事実によれば、本件事故の原因は、崩壊し易い地質の急斜面に切取法面の高いパイロツト道路を掘削し発破やブルトーザーの震動も一因となつて約一〇米の切取法面に圧力が加わりこれに耐えられずに前示のような大規模な山崩れが生じたものと考えられる。

ところで、事業者は「地山の掘削の作業を行なう場合において、地山の崩壊により労働者に危険を及ぼすおそれがあるときは、あらかじめ作業箇所及びその周辺の地山について形状、地質、及び地層の状態等をボーリングその他適当な方法により調査し、これらの事項について知り得たところに適応する掘削の時期及び順序を定めて作業を行なわなければならず」(労働安全衛生法二一条、同規則三五五条)、「崩壊し易い地質又は状態の地山にあつては、掘削面の勾配や高さに注意し」(同規則三五六条、三五七条)、また「点検者を指名して作業箇所及びその周辺の地山についてその日の作業開始前状態の変化を点検させ」(同規則三五八条)、更に、「あらかじめ防護綱を張り労働者の立入りを禁止するなど危険を防止するための措置を講じなければならない」(同規則三六一条)ことは、法規の定めをまつまでもなく事業者の義務といわなければならない。

しかるに、前掲証拠によれば、被告会社は予め地山の調査をなさず、掘削面の勾配や高さについても特別な注意を払わず、また、掘削面、地山等の点検は切取前の地山の立木の伐採時やパイロツト工事等に行つただけで、点検者には被告会社の現場責任者高橋昭平、同補佐役安河内一之及び下請大川組世話役野田仙太郎が指名されてはいたが、本件事故当日も地山の点検を怠つたまま作業を開始したことが認められ、これらの事実によれば、被告会社は本件事故の発生につき回避が可能であるにも拘らず前示のような適切な防止措置を講じなかつたため本件事故が発生したものであつて右は本件工作物が通常有すべき安全性に欠けていたものであつて、その設置、保存に瑕疵があるといわざるを得ない。

(3)  「不可抗力」の主張について。

被告会社は、本件土砂崩れは予見可能性がなく不可抗力の事故であると主張する。

しかしながら、既に判示したような点検又は調査の義務をつくすことによつて本件事故発生の予見は可能であり、のみならず〈証拠〉によれば、点検者に指定されていた大川組の世話役野田仙太郎において、地盤が軟くなつたのに気付き山崩れの危険を感じブルトーザ運転工中山辰男に対し合図に注意するよう促している程であつて、右事実からすれば予見可能性がないとはいえず、被告会社の主張は採用できない。

(4)  以上の事実によれば、被告会社が本件事故現場で工事を施行し、本件工作物を事実上支配していたことは明らかであるので、民法七一七条一項の占有者として、同会社は本件工作物の設置、保存の瑕疵により生じた本件事故による損害を賠償する責任がある。

(二)  被告山口県の責任

1  営造物責任について。

原告らは本件付替道路(パイロツト道路を含む)が「公の営造物」にあたると主張する。

既に被告会社の項(三(一)(1))で示したように、瑕疵の対象は第五工区の5の建造中の道路であるから、これが「公の営造物」に当るかどうかが問題とされなければならない。

しかしながら、国家賠償法二条一項の「公の営造物」は、一般法たる民法七一七条の「土地の工作物」と異なり、少く共公の目的に供されていなければならず、未だ公の目的に供されていない建造中の物は、仮に将来公の目的に供されることが予定されていても、公の営造物にはあたらないと解すべきである。

そうすると、前記認定の第五工区の5のパイロツト道路を主とした建造中の道路は未だ公の目的に供されていないことが明らかであるから「公の営造物」ではなく、国家賠償法二条の適用は問題にならない。被告山口県の普通財産として本件工作物の設置、保存の瑕疵の有無として民法七一七条の問題である。

したがつて、建造中の付替道路が「公の営造物」にあたることを前提に国家賠償法二条に基づいて被告山口県に損害の賠償を求める原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

2  工作物責任について。

次に、原告らの予備的請求である工作物責任の有無について判断する。

(1) 本件事故現場であるパイロツト道路(切取法面も含む)が土地の工作物にあたることは、すでに三(一)(1)に示したとおりである。

(2) 「瑕疵」について。

さきに、本件工作物の設置、管理に「瑕疵」が存することは、被告会社の責任の項(三(一)(2))において示したとおりであるが、これは被告山口県の側からみても明らかである。即ち、

〈証拠〉によれば、被告山口県は昭和四二年一〇月頃阿武川ダム建設のため六課五〇余名の出先機関「阿武川総合開発局」(山口県阿武川上村岡)を設け、本件付替道路の建設については道路建設課においてその設計、施工にあたつた。同課では別表(二)記載のとおり山田課長、藤本主任の下山口県技術吏員富田俊彦が昭和四七年四月本件工事現場第五工区の5の担当責任者となり現地踏査を行つたうえ同年一〇月頃「起工設計書」を完成し、決済を得て基本設計図となつた。

しかし、右富田は設計書の作成に当つては道路予定地の買収区域内を踏査したのみで、道路の斜面となる地山については踏査せず、また地質調査も行わず「推定断面図」を作成した。同人は、右設計書は実際に地質調査の上作成されたものでないので、工事の進展に伴ない現場の状況によつては設計を変更して現場に適合した安全な設計にする必要があると考えていた。道路建設課では、現在の土木技術の上から山の勾配の急な斜面に道路を建設する場合パイロツト道路先進工法は通常とられる工法であり本件付替道路の建設においてもこれによつて工事が行われることを予定していたが、昭和四八年一月一七日被告会社によつて工事が開始されるや、富田吏員は毎週二・三回工事現場に赴き自己が作成した設計書通りに工事が行われているかどうかを確認して工事を監理(建設士法二条五項参照)し、被告会社の現場責任者高橋昭平を通じて必要な指示を与え工事を指導監督していたが、パイロツト道路が掘削されて工事が進行していつても更に地山の点検、地質の調査をなさず、設計の変更をすることもなかつた。

以上の事実が認められる。

ところで被告山口県は本件付替道路の建設にあたり設計の段階で予め必要な地質その他の調査をなしたうえ道路の安全な設計をしなければならず、もしこれが困難な場合は施工の段階で点検、調査のうえ安全な設計に変更すべき義務があるといわなければならず、右事実によれば、被告山口県は右義務を怠つたものであつて、そのため本件パイロツト道路が通常有すべき安全性を欠くに至つたものであつて、これは工作物の設置管理に瑕疵があるといわざるを得ない。

被告山口県はパイロツト道路が建造中のそれ自体地質調査を行うことを目的とする作業路と主張するが、仮にそうだとしても、既に示したようにパイロツト道路が土地工作物にあたる以上右の義務違反は免れえないといわなければならない。

(3) そこで、被告山口県が右工作物の占有者であるかどうかについて検討する。

民法七一七条一項にいわゆる工作物の占有者とは、工作物を事実上支配し、その瑕疵を修補しえて損害の発生を防止しうる関係にある者を指す(東京高裁昭和二九年九月三〇日判決、下民集五巻九号一六四六頁)と解すべきである。

〈証拠〉によれば被告山口県は昭和四七年一二月一九日被告会社と第五工区の5の付替道路工事等にかんし請負契約を締結したが、右契約内容によれば、被告会社は被告山口県において作成した設計書に従うほか、工事の施工に当つては被告山口県で定めた「山口県土木工事標準仕様書及山口県土木工事管理基準」「現場必携」及び「特記仕様書」(乙第四号証の二)に基づき実施することが要求され、また被告会社は、着工に先立ち二週間以内に実施工程表、施工方法(施工の順序、工法等について)、主要機械使用計画、主要材料及び労務者使用計画等の内容を記載した「施行計画書」を被告山口県に提出してその承認を受けなければならず、さらに着工後も道路の切取りにあたり土質に著しい変更があつた場合や計画を変更したりする場合は、直ちに被告山口県の監督員に報告してその指示を受けるようになつていた。被告会社は、本件請負工事にかんし阿武川作業所を設け、別表(二)記載のとおり同所長高野俊夫が本件請負工事を総括したが、同人は安全管理者の土木主任小久保末男と時折現場を巡視する程度で、現場では土木係長高橋昭平が保安責任者として土木係員二名の補佐を得て大川組の作業員七名を(実際には世話役野田仙太郎を介して)指揮・監督していた。他方、被告山口県は、現場担当の責任者である技術吏員富田俊彦が毎週二、三回本件工事現場に赴き、現場責任者高橋昭平に対し必要な指示を与えて指揮監督すると共に、未だ工事開始後日が浅いため現実にはなかつたが、いつでも必要に応じて右高橋から連絡があれば直ちに現場に赴いて相談を受ける態勢が整つていた。また、被告会社が取得する本件工事の請負金額は、付替道路工事第五工区の5、第六工区の1阿武大橋下部工区を合せて七三二〇万円であり、その中に工事現場の地質調査費は含まれていなかつたが、被告山口県は本件事故後専門家である山口大学教授二名に依頼して事故現場の地質調査を行うと共に、今後の対策として崩壊個所の地山の安定をはかるため崩壊面全体を整形し、ロツクネツト及び種子吹村などの法面防護工を施し、更に今後道路の開削にあたり法線の変更、切取勾配の変更、山留擁壁の施行等を検討のうえ施工する方針をたてた。

以上の事実が認められ、これとこれまで認定してきた諸事実から窺われる被告山口県と被告会社との関係、人事面、予算面や具体的工事面での被告山口県の支配的地位、さらに工事現場における被告山口県の役割等を綜合考慮すれば被告山口県は、単なる注文者の地位に止まらず本件工事現場を事実上支配し、パイロツト道路の欠陥についてもこれを修補しうる地位にあつて被告会社と共に直接に占有していたと認めるのが相当で共同占有者として本件工作物の設置保存の瑕疵に基づく損害を被告会社と連帯して賠償する責任がある(最高裁昭和三一年一二月一八日第三小法廷判決、集一〇巻一二号一五五九頁、東京地裁昭和五一年三月二九日判決、判例時報八三七号六四頁参照)。

四損害

(一)  逸失利益

〈証拠〉によれば、東昌は本件事故当時三八才(昭和九年六月一日生)の健康な男子であり、被告会社の下請である大川組の作業員として稼働し、昭和四七年一二月二一日から昭和四八年三月五日までの七五日間合計三七万三五五四円の収入を得たことが認められる。

右事実によれば、東昌は本件事故がなかつたとすれば六三才まで二五年間稼働しその間月収一二万四五一八円(一か月平均二五日間稼働とする)から生活費三割を控除した残額八万七、一六二円の純収益をあげえたものと推認され、これによると東昌が死亡したことによつて喪失した得べかりし利益は、ホフマン複式年利計算法により年五分の割合による中間利息を控除し、金一六六七万六五三一円と算定される。〈計算式略〉

(二)  東昌の慰藉料

東昌が本件事故により多大の精神的苦痛を蒙つたであろうことは容易に推認されるところ、同人の生活状況、本件事故の態様その他諸般の事情を綜合してこれを慰藉する金額としては二〇〇万円が相当である。

(三)  相続

東昌の相続については、法例二五条により本国法である韓国民法の規定によるところ、同法九八〇条、九八四条、九九七条、一〇〇〇条によれば、原告勝則、同憲義、同知恵子は直系卑族(さきに認定したとおり認知された子)として相続人となることが明らかであるが、〈証拠〉によれば東昌は戸主であり、他に相続人はいないことが明らかである(内縁の妻である原告節子は韓国法上相続権が認められない)ので、右原告ら三名の相続分は、大韓民国法律第三〇五一号(一九七七年一二月三一日公布、一九七九年一月一日施行)による改正前の同法一〇〇九条により原告勝則六分の三(戸主相続により五割加算)、同憲義六分の二、同知恵子六分の一である。

したがつて、東昌の右(一)(二)の損害賠償債権(合計一八六七万六五三一円)につき、原告勝則は九三三万八二六五円、同憲義は六二二万五五一〇円、同知恵子は三一一万二七五五円をそれぞれ相続により取得した。

(四)  損害の填補

原告節子が昭和五二年一〇月末日までの労災保険法に基づく遺族補償年金合計四八三万四七一五円、葬祭料二一万七三〇円を各受領したことは当事者間に争いがない。

被告会社は右金額は原告らの損害額から控除すべきであると主張する。

しかし、右のうち葬祭料(現行労災保険法一二条の八、一項五号、一七条)は葬祭を行なつた原告節子に対し給付されたもので損害填補の性質を有しないから控除すべきではない。

次に、遺族補償年金(同法一二条の八、一項四号、第一六条の二)につき、原告らは亡東昌の得べかりし利益の喪失による損害賠償債権を相続した原告勝則ら三名は右年金の受給権者でないから控除すべきではない(最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決)と反論する。しかしながら、右年金は、労働者の収入によつて生計を維持していた遺族に対し右労働者の死亡のためその収入によつて受けることのできた利益を喪失したことに対する損失及び生活保障を与えることを目的とし、かつ、その権能を営むものであつて、遺族にとつて右年金によつて受ける利益は死亡した者の得べかりし収入によつて受けることのできた利益と実質的に同一同質のものといえるから、死亡した者からその得べかりし収入の喪失について損害賠償債権を相続した遺族が右年金の支給を実質的に受けたときは、同人の加害者に対する損害賠償請求権の算定にあたつては、相続した前記損害賠償債権額から右実質的に受けた各給付相当額を控除しなければならないと解するのが相当である(同上判決参照)。しかも、遺族給付は死者の収入により生計を維持していた遺族全員に支給されるのであり、受給権者の定めは支給手続の簡便ということから受給者の代表者を定めているにすぎず、実質的に給付の利益を受けているのは遺族全員であるから、遺族全員の損害から右利益を控除すべきである。そうして、遺族の範囲、実質的受益の割合については合理的に認定のうえ損害から控除すべきであると解する。これを本件についてみるに、判示認定の事実からすれば、相続権のない内妻である原告節子が受給した年金は、東昌の逸失利益を相続した遺族である原告勝則ら三名が相続分に従つて実質的に利益を受けたと認めるのが相当であるから、年金受領額四八三万四七一五円を原告勝則六分の三、同憲義六分の二、同知恵子六分の一の割合で乗じた金額を逸失利益の相続分から控除するのが相当である。よつて控除した残額は、原告勝則六九二万九〇〇円、同憲義四六一万三九〇〇円、同知恵子二三〇万六九〇〇円(以上百円未満切捨)となる。〈計算式略〉

なお、被告会社は将来の給付額を控除すべきであると主張するが、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、いまだ現実の給付がない以上、将来の給付額を控除することを要しないと解する(最高裁昭和五二年一〇月二五日第三小法廷判決)。

(五)  原告らの固有の慰藉料

原告らが本件事故により夫あるいは父を喪い精神的苦痛を蒙つたであろうことは推察するに難くない。そして同人らの地位、生活状態その他諸般の事情を考慮すると、右精神的苦痛を慰藉する金額としては原告節子一〇〇万円、その余の原告ら各五〇万円が相当である。〈以下、省略〉 (三村健治)

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